神経科学で活躍するサル

ver. March 4, 2016

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「実験動物」と聞いて、いったいどんな動物を思い浮かべるだろうか。 俗に実験動物を指して「モルモット」などといったりするから、 齧歯類はもっとも代表的な存在といえるかもしれない11 いきなり余談だが、 英語ではモルモットのことをGuinea pig(ギニアのブタ)という。 もちろん実際には、モルモットは歴とした齧歯類である。 由来には諸説あるようだが、いずれにしろ分かりにくい迷惑な名前である。 モルモット自身もそう感じているに違いない。 。 実際の生命科学の研究場面を考えると、 齧歯類のなかではマウスやラットのほうが一般的だろう。 あるいは少し古い医学系文献などでは、 イヌやネコを実験動物としているものも多い。 高等学校の生物学などで学習する内容は、 その大半がいわゆる「科学の金字塔(古典的偉業)」のはなしなので、 必然的にこれらの動物種を用いた研究について知る機会も多かろう。 たとえばパブロフの犬は文字通りイヌを使っているし、 ヒューベルとウィーゼルの第一次視覚野の研究はネコを使って行なわれたものだ。

他方、実験動物と聞いてサルを思い浮かべるひとは、 そう多くはないだろう22 アメリカの宇宙開発史に造詣の深いひとであれば、 V2ロケットで初めて宇宙へいったアルバートII世や、 マーキュリー計画でリトル・ジョー2に乗ったサムを思い出したかたがあるかもしれない。 。 たとえば本稿を書くにあたり、試しに図書館へいってみた。 生物学実験手技の棚にあった『初心者のための動物実験手技』 というシリーズ(講談社サイエンティフィク)は、 1巻がマウス・ラット、 2巻がウサギ・モルモット、 そして3巻がイヌ・ネコで、シリーズは完結であった。 決して『初心者のための動物実験手技4 サル』とはならんのである。 生命科学研究に携わる研究者の目線でいっても、 やはり多くのひとにとってサルは「動物園でみる対象」なのであって、 白衣を着た研究者がピペットマンを片手に持ち、 もう片方の手につまみ上げている生き物としてはイメージしにくい。

だがそのじつ、神経科学という分野において、 サルはかけがえのない大事な研究のパートナーなのである。 ことに認知神経科学の領域では、 サルを対象としたたくさんの研究論文が日々発表され続けている。 またサルは、われわれヒトに近縁な存在として、 神経科学のみならず、 医学・薬学・病理学・心理学などのさまざまな研究分野において非常に重要な研究対象である。 本稿ではこの機会に、 こうした現代科学の影の立役者たるサルの活躍を紹介したい。 しかしひとくちにサルといっても、 そのなかに含まれる種は多岐にわたる。 そして当然ながら種ごとに外見も生態もまったく異なる。 よって本稿では、実験動物としてのサルの話題に入るまえに、 自然界におけるサルの仲間の分類とそれぞれの種の特徴について説明する。 そのために第1節では、サルの分類を学ぶために必要な系統分類学の基礎知識を、 まず簡単に説明しよう。 じつのところ筆者はこの分野についてずぶの素人なので、 わかりにくい部分が多々あるだろうことを先にお詫びしておく。 続く第2節以降では、 いわゆるサルの仲間の系統分類を順に説明していく。 そして最後の節では、 それらのサルたちが神経科学においてどのように活躍しているかを紹介したい。