反応時間解析の理論と応用

ver. March 4, 2016

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心理学は、 その名のとおりヒトや動物が内的に行なう心理過程を研究対象とする学問領域である。 しかし心の研究というものは、 たとえばふりこの運動や化学物質の濃度のような物理実態を相手にする研究とは異なり、 心の揺れや濃淡を直接目や計測器機で測ることができない。 行動中の動物のあたまを開いてみても、そこに心がみえるわけではない。 もちろんわれわれ認知神経科学屋は、 心の正体が神経活動であると信じているわけではあるけれど、 現状、神経細胞の発火だけをみたところで、 その動物がいまどのような心理状態にあるのかなんてさっぱり分からない。

そこで実験心理学では、この目にみえない心のはたらきを理解するために、 いくつかの異なる条件(入力)を与えたときの主体の行動(出力)を調べる。 すなわち心理過程を、入力と出力をつなぐ一種の関数として理解しようとするのである。 そのため、主体が行なった出力としての行動を解析し正確に定量することは、 心理過程を正しく推測するための必須条件となる。

本解説文では、心理学実験において必要とされるデータ解析のうち、 反応時間 response timeRT) の解析のための手法を説明する。 反応時間は、正答率と並び、 実験から得られるもっとも基本的かつ重要な行動指標である。 しかし反応時間データは、そのデータの分布上の特徴から、 「型どおりの」パラメトリックな検定手法で扱いきれないという問題があり、 解析にはある種の「工夫」が必要となる。 そこで本文書ではまず、t検定や分散分析といったとおりいっぺんの統計検定や、 慣習的に行なわれてきた変数変換などの手法を用いて、 反応時間データを解析することの問題点を指摘する。 そのうえで、それらにかわる代替案として ex-Gaussian分布によるフィッティングを用いた解析方法を説明し、 その利点を解説する。 さらに、フリーの統計解析ソフトRを用いて ex-Gaussian分布解析を行なうための具体的なプログラムについてもとりあげ、 単なる机上の知識としてではなく、 実際に使える道具としてこの手法を習得することを目指す。