Grün (2009)

2009.03.29(Sun)

J Neurophysiol. 2009 Mar;101(3):1126-40. Epub 2009 Jan 7.
Data-driven significance estimation for precise spike correlation.
Grün S.

あーすいません。
はやくも「今週の」ではなくなってるんですが。
めげずに更新です。

今回は理研BSIの計算論グループのSonja Grünさんによる、JNPのinvited review
Grünさんのおはなしは、去年理研BSIに行ったときに聞いたことがあり、それで目にとまったので読んでみました。
おおまかにいえば、
「複数の神経細胞の発火状態の時間系列から、いかに情報をよみとくか」
というハナシです。
ってことは、シングルユニット記録をしているわたしの研究室とかでは、あんまり関係ないんですが。
でもこのような問題は電気生理という業界において、現在議論の的になっているものだから、やはり知っておくべきかなと。

Introductionでは、まず電気生理学における「レートコーディング」と「テンポラルコーディング」というふたつの見地が示され、簡単な説明がなされる。
レートコーディングrate codingとは、要するに昔ながらの(?)電気生理のような、「ニューロンがめっちゃ活動してるときになんかやってる」という思想のコト
一方テンポラルコーディングtemporal codingは、Hebbのcell assemblie仮説のような、特定タイミングでのニューロン集団の発火を重視するもの。
ざっくりいえば、テンポラルコーディングでは、発火がスパースでも重要な情報になりうることになる。

著者はこれらの観点を「どちらにも一致する知見があり、どちらも正しい」としたうえで、以下の点を指摘している。
それは、これらふたつの「思想」の違いは、本質的に
「どのような解析手法を使うか」
という問題を含んでいる、と。
そりゃそうです。
解析というのは「ニューロンがどのように情報を表象しているか」という仮説(モデル)に基づいてなわれるワケだから。
そしてこのとき、適切なパラメータを含んだ適切な解析法を選択できないと、正しい結果は得られない。
よってニューラルアクティビティを正確に読み解くためには、その読み解くための方法を選ぶ知識が必要だ、と。

以降の章では、著者のGrünさんが研究されている(らしい)UE解析(Unitary Events analysis)を軸に、神経活動相関の解析において起こりうる間違いや、それに対する対応策が述べられている。
しかし、まず最初のDitection and analysis of precise spike correlaitionという章で、多チャンネル記録のスパイクデータの解析について簡単な説明がされているので、初心者の方でも読みやすいかなぁと。
わたし自身、英語でこういった類の文献を読むことは少ないけれど(まだ実験始めてないしね)、ちゃんと読みすすめていけば問題なく理解できたし。

論文全体で強調されているのは、「不適切な帰無仮説の設定(=モデルの採用)は、False Positiveを増加させる」ということ
false positiveとは「誤ったポジティブ(な結果)」だから、「第一種の過誤」、すなわち「ホントは差がないのに差があるっていっちゃうこと」
どういうことか。
たとえばニューロンの発火記録をテンポラルコーディングの観点で解析しているとする。
もし記録しているニューロンが、課題のある期間(たとえば前サッケード期)で一貫して発火頻度が高くなるとしたら。
高い発火頻度にしたがい、同時記録している複数のニューロンでの「同時発火」も必然的に起こりやすくなる。
しかしニューロンの「発火頻度」という(レートコーディングにおいて重視される)パラメータを導入していない(テンポラルコーディングの)モデルでは、この発火頻度上昇による共発火の増加を有意な同期として検出してしまう。
すなわち、ホントはない差を検出してしまうわけだ。
これが著者が指摘する、解析法の誤選択による落とし穴

そりゃあもちろん、最近のモデルではこんな単純な間違いはあまりないだろうが。
しかしこれは一例であり、大切なのは「モデルに含まれていなかったパラメータは、false positiveの原因になる」ということ
そう考えると、多くの精力的研究によってたくさんの解析法がつぎつぎと生み出されている多チャンネル記録の世界において、
さまざまな解析法の性質(必要とする仮定と設定するパラメータ)を理解し
かつ自身の実験データに適した解析法を選択する
ということが重要であるのがよく分かる。

しかし一般論でいっても、星の数ほどある解析の方法に精通した実験研究者というのは、そう望めるものではない。
そしてそれが、業界における実際のトコロでもあるのですよ。
すなわち「計算機と統計を駆使したムツカシイ手法」を、わざわざ時間をかけて理解しようとする研究者はそう多くはない。
普通の統計検定でさえ、「よく分からんけどこうすりゃいいらしい」で使ってる場合があるくらいだから。
よって著者のGrün氏の指摘は、業界の現状を投影していて、たいへん身にしみる。

そんななか秀逸なのが、Table.1とFig.9における、さまざまな解析手法における仮定とその性質をまとめた部分
この表だけでもすごくためになるが、素晴らしいのは、これが本文中でちゃんと説明されているコト
一般的にこういった「まとめの表」は、「まとめときました~みといてね」みたいなカンジで書かれていることが多い。
そうすると読むほうも、「へぇ~いろいろあるんだねぇ~」ぐらいの見方になっちゃうんだけど。
本論文ではちゃんとその内容が、本文中で詳しく説明されているので、各手法の性質について、大雑把にではありますが把握することができた。
「研究者がさまざまな解析法を理解し、適切に選択すること」の重要性を指摘する氏だけあり、まさにそれを可能にするような丁寧な説明だなぁと感心させられました。