Squire (2009)
2009.03.11(Wed)
Neuron. 2009 Jan 15;61(1):6-9.The legacy of patient H.M. for neuroscience.
Squire LR.
なんか「今週の」といいつつ、更新ペースが10日ごとになってるな…
(ーー)
えー今回は実験研究の紹介ではなく、Neuronに出てたH.M.氏についてのショート・アーティクルです。
なんていうんだろ。
Reviewでもないし。
Neuron上での分類は「NeuroView」ってのになってるけど。
あ、こちらのPubMed Centralのページから、フリーのmanuscriptが読めます。
昨年の12月7日の日記でH.M.氏が亡くなられたことについて書きましたが、それに合わせて特集されたもの。
タイトルはH.M.氏の「遺産」ということで、H.M.氏の症例に始まる一連の記憶研究の流れが簡潔にまとめられている。
ほんの4ページほどの短い文章なんだけど、あらためて読んでみると、たったひとつの症例が「記憶」というヒトの重要な認知機能の解明にどれだけ影響を与えたかということに驚かされる。
・海馬・海馬傍回・内嗅皮質に代表される、側頭葉内側面の記憶における重要な関与
・破壊による記憶障害のモデル動物や動物実験による記憶研究の発展
・脳内における短期的・長期的記憶機能の分離
・宣言的記憶と手続き的(非宣言的)記憶の明確な分類
などなど。
そもそもH.M.氏の症例が知られるまでは、運動や知覚といった低次の機能と異なり、「記憶のような高次機能は大脳全体に分散している」というKarl Lashleyの「等質性」のような考えかたさえ、まだあったんだなぁ…
その一方で、損傷の拡大や白質変性など、損傷研究におけるさまざまな困難も長期的なH.M.氏との関わりのなかで認識されていった。
しかしそういったいくつもの難点にも関わらず、彼の損傷と障害についての研究が多くの実りをもたらしてきたことについて、著者は2つの点を指摘している。
まずひとつは、H.M.氏の人柄や性格
彼はとても温和な性格で、実験にも協力的だったそうだ。
もちろんH.M.氏自身は、彼がなぜ実験に参加しているのかを覚えていることはできなかったワケだけれども。
それでも自分の置かれた状況を認識することが絶対にできないわけではない。
ときには(すぐに忘れてはしまうが)自分の症状を理解することもできたらしく、あるとき自分の担当医に
「自分が調べられて分かったことが他人の役に立つということが、うれしい」
と語ったという。もうひとつの大きな要因は、彼を研究したのがBrenda Milnerだったこと
彼女の精力的な研究が、たったひとつの困難な症例を、ヒトの記憶機能に関する理解の「扉」へと昇華させたのだと。
たしかにH.M.氏の症例に端を発した、いまだ引用され続けている数々の重要な研究は、Milnerの熱烈な探究心なしにはありえなかったと思う。
いち研究者(駆け出しだけど…)として、自身の研究領域に対するそういう情熱は持ち続けていたいと思う。
あらためてH.M.氏にこころからのご冥福をお祈りする。
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