Clark et al. (2009)

2009.03.01(Sun)

Neuron. 2009 Feb 12;61(3):481-90.
Gambling near-misses enhance motivation to gamble and recruit win-related brain circuitry.
Clark L, Lawrence AJ, Astley-Jones F, Gray N.

おおおおぉぉ、もう前回の更新から10日以上経っているじゃない。
早くも頓挫かよ…という空気の漂う中、更新です。
今回はギャンブルにおける「おしい」結果に対する脳賦活のfMRI研究

「おしい」結果(本論文ではNear-miss eventと呼ばれている)は、実報酬としてはただの「はずれ」と変わらない。
しかしヒトがこれに対して特徴的な反応をすることは経験的および実験的に知られている。
論文で挙げられている例は「競馬で2着だったとき」だけど、多くの日本人にとっては「パチスロのリーチがはずれたとき」のほうが分かりやすいかな?
わたしはパチンコやったことないので、「ブラックジャックで22でバーストしたとき」というのがしっくりくる。

ブラックジャックを例にとることにすると、22でのバーストは「ブタ」ということに関して25でバーストするのとなんら変わりない。
また、たとえば手札が15のときにプッシュして22ないし25になる確率も、じつは変わらない。
(まあ場合によって変わるかもしれないけど、そのへんの細かいルールは本題でないのでスルー)
しかしこのとき、わたしたちがこの結果に受ける印象は多くの場合異なる。
すなわちnear-miss eventは、「おしい」という感覚で表わされるとおり我々にとってただの「はずれ」よりも悔しい(マイナスの)結果である。
しかしその一方で、行為者をさらなるギャンブルへ動機づけもする。
このような認識のもとになる生物学的基盤を研究することは、ヒトの意思決定を理解するうえでも、また強迫的賭博のような臨床症状を効果的に治療するためにも重要だというワケです。

課題はラインが2列しかないスロット、みたいなもの
被験者はまず左側のラインを自由に選択し(これは普通のスロットと違う)、それが終わると右側のラインの回転が数秒後に勝手にとまる。
ふたつのラインのマークが揃うと得点がもらえる。
はずれると何もなし。
うーん、単純。

ただもう1種類、「participant-chosen」と「computer-chosen」という条件がある。
前者のときは上記の通り被験者が左の列を選ぶが、後者の試行ではコンピュータが自動で左の列を選択する。
右の列がくるくる回ってとまるのは、どっちの条件でも一緒
この条件によって、被験者のillusion of controlを操作しようという目論見
ここでいうcontrolというのは、自分がギャンブルを「なんとかしてる」カンジ、というのかな。
ゲームとかをやっていれば分かるが、まったくの確率試行であっても、なぜかやっているうちに自分が「うまい」気がしてくるあの感覚のこと
ギャンブルにおける被験者のparticipationの度合いを変化させることで、これを操作することができるんだそうな。
コンピュータが勝手に左の列を選んでしまう試行では、被験者は自分が手をくだしているわけではないので、controlの意識が生じにくい。
しかし被験者が自分で選ぶときには、「ここまでスロットをやり続けてきた自分が選ぶ」んだから「ぼちぼち本気出してあてていこうか」というカンジになる、と。
(もちろん実際はただの確率試行)
まあ妥当な気はするし、実際先行研究もある。

ちなみに被験者には伝えないが、スロットの結果はじつは統制されていて、全体の1/6が「あたり」、2/6が「おしい」、3/6が「はずれ」になる。
このnear-missの分量(33%)は、先行研究において、被験者がスロット賭博の継続にもっともencourageされた割合なんだとか。

で、結果
とりあえず行動学的な結果として、スロットの出目(結果)に対する「pleased with result」の評定は「おしい」試行で「はずれ」の試行よりも有意に悪くなった。
しかしそのような試行では、同時に「continue to play」の評定も上がっていた。(要するに、もっと続けたい)
まあやってるつもりになれば当たり前だが、あらためて数値としてみせられると意外に感慨深い。

イメージングの結果はさらに興味深い。
まず「あたり」試行と「おしい・はずれ」試行を比べることで、win relatedな活動をする領域を調べる。
これが腹側線条体,島皮質前部,前帯状皮質前部,黒質近傍の視床・中脳領域
つぎに「おしい」と「はずれ」を比べて、near-miss relatedな活動をする領域
すると、win relatedな活動をしていた腹側線条体と島皮質前部が、実際には何の報酬もない「おしい」試行でも有意に活性化していた。
Figure 3がなかなか美しい。
ちなみに前帯状皮質はparticipant-chosenの場合のみnear-miss試行で活動増加をみせており、これも面白い。

これらのなかでも島皮質前部の活動は、被験者の「gambling-related cognitions scale(GRCS)の得点」および「near-miss試行後にギャンブルを続けたい度合い」の両方と正の相関をみせた。
つまりnear-miss試行における島皮質前部の活動が大きい被験者は、GRCSの得点が高く、またnear-miss後にギャンブルの継続をより強く望んだ、と。
ここで、前者のGRCSは被験者の個人特性としての賭博に対する傾向(質問紙による心理尺度)であり、一方後者の「continue to play」の意思は試行の結果というより短期的な意思決定のコンポーネントであることが興味深い。

著者らはこの結果から、ギャンブルにおけるnear-miss event時には前帯状皮質前部を含む、強化学習の過程に関与する神経活動が起こっていることを指摘
またこのようなnear-missに対するwin relatedな活動を被験者のギャンブル行動に結びつけるのに、島皮質前部が重要な役割を果たしている可能性がある。
まあニューロンレベルでどうなっているかは分からないし、fMRIの時間解像度では、実際にこれらの活動が起こる経過を精細に検討することはできない。
でもおはなしとしてはありえるし、結果から考察への流れが自然かつ面白い。
なによりこういう課題をつかったnear-miss eventの研究はあまりみたことがなかったので、「おしいときの脳活動ってどうなってるんだろう」的な素朴な疑問からこういう面白い結果がでるということに、あらためて感嘆した。