Kühn et al. (2009)

2009.04.04(Sat)

J Neurophysiol. 2009 Apr;101(4):1913-20. Epub 2009 Jan 21.
The neural correlates of intending not to do something.
Kühn S, Gevers W, Brass M.

「はっはっは、コーナータイトルが【今週の論文】から【ジャーナルクラ部】に変わったから、毎週更新する義務はもはやなくなったぞ!!!」
という暴挙には出ずに、地道に更新です。

今回はめずらしく脳波(electroencephalograph,EEG)を用いた研究
「めずらしく」というのは、わたしが最近読んでる論文ではめずらしく、という意味ですよ。
このところ読んでたものは、イメージングだとほとんどがfMRI研究だったので。

本研究の目的は、そのタイトルの通り、「何もしない」という意思決定の神経相関を探すこと。
論文内のことばを借りると“how we represent the voluntary omission of an action”を調べようというワケ
しかしこれまで、Go/NoGoパラダイムにみられるような「指示された無反応」はよく調べられてきているが、「自己選択による無反応」の脳活動に関しては驚くほど分かっていない。
おそらくその理由は、「自己選択による無反応」には実験心理学的に測定できるような、反応速度や正答率といった指標が定義できないため。

そこで本研究では、そういった心理学的指標なしでもつらつらと測定しつづけてればよい機能的イメージングの手法によって、「自己選択による無反応」の神経相関を探してやる、というワケ。
なんでPETやfMRIじゃないのか、というのは、まあおそらくいろいろな理由があるのだろう。
ひとつの大きな要因は、やはり時間解像度だと思われる。
すなわち意思決定のように「瞬間的な」認知プロセスの観察には、非常に高い時間解像能が必要だと。
もうひとつ考えられる理由としては、Go/NoGo課題に関するたくさんのEEGの先行研究があるということかな。
だから本研究の結果みられた「自己選択による無反応」を、これまでのGo/NoGo課題における知見と比較して考察することができる。

課題は単純
被験者は10-20セッティングのEEGヘッドキャップを装着し、画面中央を注視する。
(10-20法っていうのは、もっとも一般的な脳波の記録部位のセッティングの名前ですね。)
すると画面上に、その試行の種類を示す丸印があらわれる。
その丸の色が、青なら被験者は必ずボタン押し(Instructed Go条件),オレンジならボタンを押さない(Instructed NoGo条件)
(青とオレンジの関係は、被験者間でカウンターバランス)
で上半分が青で下半分がオレンジの丸が出てくると、自由選択条件
このとき被験者は、ボタンを押しても押さなくてもよい。
自由選択で被験者がボタン押しをした試行がFree Go条件,しなかった試行がFree NoGo条件となる。

自由選択における被験者への教示はよくあるヤツで
「その瞬間にこころのなかでコインを投げて決めるつもりで」
というもの。
コイン投げなんだから、当然、自由選択時にはGoとNoGoが同じくらいの割合になるように、ということも指示される。
(この辺の「自由」選択を「教示」するってのは、いつもしっくりこないんだが…まあいいか)

各被験者(13人)は48試行×9ブロックを完了
で、結果
まずGo条件でRTを比較すると(Instructed Go vs. Free Go)、Free条件で若干時間がかかっていた。
このことは、被験者がITI(試行間間隔)のあいだに「つぎにFree条件がきたらボタン押そう」みたいな選択をしてはいなかったことを示唆する。
もしそういうストラテジーをとっていたなら、RTはFree Go≦Instructed Goとなったはず。

次に脳波の記録について。
ここでは先行のGo/NoGo課題を用いた研究においてよく知られている、前頭領域のP2・N2・P3という脳波に着目する。
まずこの波形の名称から説明すると。
脳波記録においては、課題のあるイベント(本研究では丸の呈示)でデータを整列して、条件間での波形の違いをみる。
このとき陰性波(記録される電位がベースラインよりも低いneative)・陽性波(逆に電位が高いpositive)の両方が観察される。
またその波形変化が出てくる時間が、イベントの瞬間から数百ms前とか後、といったかたちで確認できる。
よってたとえば、
「ある課題をやらせると、試行開始の瞬間から約300ms後に陽性positiveの波形が出てくる!」
みたいなのが、脳波の実験の結果になる。
これを事象関連電位(event-related potential,ERP)という。
そしてこのとき、その特徴的な波形(ERP)を、その電気的性質とタイミングによって「P300」(300msあたりで出るpositiveな波形)と名付ける。
んで、さらに「数百ms」のオーダーであることは決まってるので、もっと省略して「P3」にしてしまう。

ということは、本研究において注目した前頭領域のP2・N2・P3というのは、試行の開始点である丸印の呈示から
約200ms後にみられる陽性波形
約200ms後にみられる陰性波形
約300ms後にみられる陽性波形
の3種類ということになるワケだ。
「P2とN2はどっちも200msなのに、陽性と陰性じゃんか」
と思うかもしれないけど、そこは単なる用語のラフさ。
実際はP2はN2よりちょっと早く、下図のような波形になる。



さて、フツーのGo/NoGo課題でわかってることには、Go条件とNoGo条件で比較すると、上図のようにNoGo条件において強いN2およびP3がみられる。
どちらも言い方は「強い」だけど、N2に関しては(NoGoのほうがネガティブ度が強いので)Go>NoGo,P3に関しては(NoGoのほうがポジティブ度が強いので)Go<NoGo
(「強い」ってのは、グラフでいうと「0から離れる」ってコトになる。)
さて、本研究でも、Instructed GoとInstructed NoGoという条件があったわけで、これは古典的なGo/NoGoパラダイムと相同である。
Go/NoGo課題では、GoとNoGoという違いをまさにInstructしていたわけだから。
でこれらの条件に関しては、実際、先行研究と同様の上図のような波形が、前頭領域の記録電極から得られた。

ということで次は、これらの2条件の波形を古典的なGo/NoGo課題の2条件とみなし、それらとFree GoやFree NoGoの波形を比べてやればよい。
まずFree Goに関しては、ほぼInstructed Goと同様の波形を得た。
これは「結局ボタン押しをした試行」なんだから、ということで著者らはあまり議論していない。
「行動」というパラメータはわかりやすいので、それが一致した試行で脳波も一致するのはまあ妥当かな、というワケだ。
(「意思決定をしてる/してない」が違うのに、同様の波形でいいのか?とわたしは思うんだけど。)
(それだけ意思決定と相関する神経活動がsubtleだってコトかな?)

問題はFree NoGo条件
この条件は、
「行動をしない」という意味ではNoGoに似ている
んだけど、
「『行動をしないことを選択するということ』をした」という意味ではGoに似ている
というワケ
だからFree NoGoの波形が、GoとNoGoどちらに似るか、というのがポイントになる。

で結果としては、Free NoGoはInstructed GoやFree Goといった、「行動した」ときの波形により似ていた。
すなわち古典的なNoGo条件や、本研究のInstructed NoGo条件でみられた強いN2やP3は、Free NoGoではみられなかった。



ある程度は、Instructed Go条件やFree Go条件に比べると、多少大きめの(Instructed NoGoに近い)波形がみられる。
しかしそれでも、各波形の振幅について区間ごとに統計解析をすると、
(振幅=波形の大きさの絶対値について)Instructed NoGo>Instructed Go≒Free Go≒Free NoGo
となった。
論文中のFig.4・5・6に、それぞれP2・N2・P3に関しての4条件比較が載っている。
これをみると、Free NoGoがInstructed/Free Goに近いというのがわかりやすい。
ここから著者らは
「『行動しないことの選択Free NoGo』は、物理的行動をしないという意味においては『指示された無反応Instructed NoGo』と似ているように思えるが、脳内においては『無行動の選択という行動』としてコードされている可能性がある」
という風にまとめている。

さて、考察だが、これが脳波研究の悲しいところ。
たしかに波形がどうでした、ってのは分かるんだけど、そこから脳部位のハナシなどの考察につなげるのは難しい。
ということで本論文での考察も、他のイメージングや神経生理学研究との関連のはなしではなく、どちらかというと
「こういうコンポーネントかもしれないけど、こうではないっぽい」
みたいな言い訳チックなものになっている。

ということで、予定外に長くなっていることもあり、あとはテキトーに感想を。
考察はあまり広がっていないものの、そこはさすがにJNPに載った論文。
ストーリー的にも落ちどころ的にも面白いと思う。
むしろただの脳波波形から「どこどこの脳部位が…」みたいなハナシにつなげられちゃったら、「それは言いすぎだろ」感が出て逆に興ざめだし。
「ほらね脳波でみれば、行動しないことの選択は、選択を行なうという意味で行動に近いみたいなんだよ」ぐらいの結果報告で、ちょうどよいのかも知れない。
その波形の正体を知るには、やはりEEGだけでは足りないだろうな~。
最近fMRI+EEGみたいな方法が流行っているのも、こういう理由なのだろう。
EEGの時間解像度は魅力だけど、やはり責任領域のはなしまでいくのは空間解像的にムリだから、fMRIも一緒にとっちゃおう、みたいな。