ミラーニューロン

読み易さ:難★★★★☆☆☆☆☆☆易
面白さ:眠★★★★☆☆☆☆☆☆興
専門性:一般★★★★★★★★☆☆専門
有用性:趣味★★★★★★★☆☆☆実用
総合評価:ビミョー★★★★★☆☆☆☆☆オススメ

発見者本人であるジャコモ・リゾラッティによる、ミラーニューロンの解説本です。
原著は2006年に出ていたようですが、このたび和訳が出版されたので読んでみました。

ミラーニューロンとは、ひとことで言うと、
「特定の運動行動に関して、その運動主体が自分か他人かに関係なく、それを観察することで発火するようなニューロン」
のことです。
これだけ聞くとなんの味気もありません。
しかしミラーニューロンは、1996年の最初の報告以降、模倣行動・他者理解・共感・言語獲得など、さまざまな高次機能の神経科学的基盤として議論の的になってきました。
最近ではTVをはじめとするさまざまなメディアにも、「最先端の脳科学知見」として登場することがあり、ご存知の方も多いかと思います。

さて、突然ですが、わたしは(読んでおいてアレですが)「ミラーニューロンビジネス」があまり好きではありません。
というか、正直なところ嫌いです。
わたしの専門と分野が違うので、そもそも興味が薄いということもあるのですが…
それ以上に最近の
「とりあえずややこしいデータは『ミラーニューロンシステム』って言っとけ」
みたいな無責任が使われ方が、不愉快だからです。

じゃあなんでわざわざ2300円も払って本書を買ったのかというと。
それはたぶん
「嫌うにしても、ちゃんと相手のことを知ってからでないと…」
みたいな気持ちがあったからだと思います。
そして実際その意味では、本書はまさに「ミラーニューロンビジネス」の生い立ちを知るには格好の本でした。

第一に、さすがに発見者本人が書いているだけあって、本書にはミラーニューロンの発見から、現在に至る議論の拡大までの筋道が、きちんと時系列で説明されています。
またなにより評価したいのは、論文に掲載されたニューロンデータ(ラスターやヒストグラム)がちゃんと載っていることです。
これはおそらく、著者本人だからこそできる、贅沢な芸当でしょう。

どうしても他人が書いた「まとめ本」だと、そういった「生」の図は、ないか、あってもテキトーな書き換えがされていて信用できません。
しかし本書の場合、わざわざ元論文にあたらなくても、十分な図表が載っています。
こういう良心的な本は、まさにわたしのように
「分野をてっとりばやく、それでいて『ちゃんと』概観したい」
という人間にとっては、有用でした。


と、まあここまで褒めてきましたが。
じつは問題もいくつか…

まずひとつは、当然ですが
「ミラーニューロン、いけいけどんどん」
なスタンスで書かれていること。
わたし個人としては、昨今のミラーニューロンビジネスには「行き過ぎ」を感じており、ちょっと気に食わない記述もありました。

またところどころに、ミラーニューロンやそれに関連する知見を、有名な哲学者や思想家の議論・主張と絡ませて論じた部分がありまして。
ま、学あるやんごとなき方々はそれでいいのかもしれませんが。
わたしのような「野蛮人あがり」は、メルロ=ポンティやポアンカレの名前が出てきた時点で、うさんくさく感じてしまったりします。
別に哲学屋さんの議論に口を挟むつもりはないけど、それを引用することでミラーニューロンの議論になんらかの支持が加わるかといったら、わたしには疑問です。

しかしそれよりなにより、本書にはこれら以上に根本的な問題があります。
それは、訳です。
訳がひどすぎる。
いや、日本語の文章自体はそれほど読みづらいものでなく、訳書としてはマシなほうだと思うのですが。
用語が。
用語があまりにもひどいのです。

業界内において標準訳が存在する多くの用語が、テキトーな(場当たり的な)訳をあてられています。
「神経科学に詳しくない学部生のつくったゼミレジュメ」みたいなクオリティ。
訳者は経歴を見る限り神経科学の専門ではないようなので、これは監修者および編集部の責任でしょう。
さすがは茂木健一郎監修。
裏切らないwwww
氏の知識の浅さや無責任さが、いつも以上に発揮されています。


ということで、まとめとしては、
・ちゃんとした学術ベーストなデータも載っている点はすばらしい
・議論の内容に関しては、テーマがテーマだけに、当然読者によって賛否両論か
といったカンジであり、しかし決定打として
・残念ながら、訳がひどくてこれで勉強するというのは勧められない
というのがわたしの感想です。

ある程度、この分野に知識があって、間違ってる部分を
「こんな訳つけてバカじゃないの?」
と笑って指摘できるようなひとが、知識のまとめ半分、息抜き半分で読むのはいいかもしれない。
しかし「ミラーニューロンって何なのか知りたい」という初学のかたには、オススメできません。
総合評価は、まあ特に勧めませんってことで、星5つ★★★★★☆☆☆☆☆で。

(2009.07.16)