発達障害の子どもたち

読み易さ:難★★★★★★★☆☆☆易
面白さ:眠★★★★★★★★☆☆興
専門性:一般★★★★☆☆☆☆☆☆専門
有用性:趣味★★★★★★★★☆☆実用
総合評価:ビミョー★★★★★★★★☆☆オススメ

タイトルのとおり、発達障害に関する本です。

まえまえから脳と発達障害との関連についてのゼミをやりたいなぁと思っていたのですが。
なかなか発達障害について調べている暇がなく、宙に浮いたままになっていました。
そんななかこちらの本をみつけ、Amazonで高評価だったのと、講談社現代新書なのですぐ読めそうということで、買ってみました。

結論からいうと、わたしがゼミをするために知りたいと思った、発達障害のメカニズムや神経伝達物質との関連について、詳しく書いている類の本ではありません。
あ、だからといってそれが「悪い」というわけではなく。
というか私自身、この本がそういったものではないことは予想のうえで読みましたし。

著者の杉山 登志郎さんは、あいち小児保健医療総合センターに勤める児童精神科医です。(2009年4月現在)
読み終わってから気付いたのですが、『発達障害の豊かな世界』を書いてるひとですね。
その杉山氏が、長年の児童精神科や、現NPO法人の「アスペ・エルデの会」という軽度発達障害の会をされるなかで実践されてきたことが、一般向けのわかりやすいことばでまとめられています。
とくに本書に登場する発達障害に関する豊富な実例は、その実態を理解するためにたいへん大きな役割を果たしています。

近年、自閉症・アスペルガー症候群・ADHD・学習障害といった症名が知られるにつれ、これらの発達障害をもつ人が社会に占める割合の大きさが認知されるようになりました。
地域社会や学校など、ごく普通の生活のなかでも、これらの発達障害者の方と接する機会がないことのほうが、いまとなっては少ないくらいでしょう。
しかしその「存在」の広い認知に反して、その「実態」は、一般にそれほど正しく認識されているわけではないように思われます。
この本は、われわれのそのような無理解、そして場合によっては先入観やまちがった理解といったものを、医療現場からみた発達障害を豊富な実例とともに示すことで修正してくれます。
実験者が観察しようとする「研究対象としての発達障害」ではなく、社会のなかでの「実態としての発達障害」の姿をみせてくれるのです。

すごく良い本だと思うのですが、読んでて気になったことも書いておきます。
著者の杉山さんは「現場のひと」なので、実際の発達障害の症例におけるさまざまな困難を経験されています。
おそらくそのことが関係しているのでしょう。どうも本書を通じて、学校サイドへの批判が強く出ているように感じます。
もちろん杉山氏の指摘する学校や教員の至らない点というのは、いちいちもっともです。
しかし教員にしても、ただでさえまとまらないクラス,さまざまな信じられないクレームを持ち込む親,学校に多くを望む地域社会といったもののなかで、本当にいっぱいいっぱいなのだと思うです。
べつに発達障害をもつ子どものことを、面倒見たくないからみていない、というワケではないはずです。

杉山氏が教員にもとめているような発達障害の子どもへの対応は、どんなにもとめても、現在の学校からは引き出せないものではないでしょうか。
どちらかというと、現在の教育制度や体制の問題な気がします。
もちろん氏はそのようにも述べられているのですが、その一方でやはり実際の学校に対する不満もつのっているのでしょう。
多少、「実際の教員」に対して、その不満が噴出しているように感じられます。
そしてその一方で、学校教育制度をどのように変えていけば、氏の望むような療育を発達障害児に与えることができるのかに関しては、ほとんど記述されていません。
よってぼけーっと読んでいると、「学校ってのはだめだなぁ」という印象だけを受けてしまうかもしれません。

といっても、杉山さんが偏っているといっているワケではなく。
むしろ日本における発達障害制度の進んでいる部分や、これまで行なわれてきた試み、個々の教員の苦労などについてもちゃんと書かれています。
あくまで「ときどき」、不満が噴出してるってコトですね。

それから気になったといえばもう一点。
ときどき登場する、中途半端な神経科学からの説明は、あまりにも不適切です。
たとえば発達障害は
「脳の一部の領域の働きは良好でも、全体を動かすとなるとだめというかたちの機能障害」
という記述。
いったいどこから、そんな知見が出ているのか。
それは発達障害児がみせる特定の機能に特異的な障害と、一部の機能的イメージングでみられたような多少の脳賦活の違いといったものに基づく、ただの解釈ではないですかね?
せっかく本書は「実地の発達障害」を見事に示しているのですから、無理して脳科学・神経科学的な機序に手を出す必要はなかったのでは、と。
こういった記述はいまの世間の要求なのかもしれませんが、実験屋としてはこういう感覚的解釈にはすごく違和感があります。
多くの無責任な「脳文化人」が、各所でこういった発言をし、その結果として脳科学という分野をマッドサイエンスにみせてしまっている現在だからこそ、です。

まあこのように批判を連ねてしまいましたが、先述したとおり、全体としては大変よい本だと思います。
教員・小児科医・児童精神科医といった第一線のひとたちだけでなく、われわれのような研究者、そして世間一般の多くのひとが、発達障害の実態を知るのに有用な本だと思いました。

(2009.04.03)